作曲ではない

先日、柴崎建司先生(クラシックギタリスト)とお話する中で、

作曲方法はどうしているのか、っていう話が出て

 

中井としては、

「瞑想してればメロディが出てきますよ」

ってところなのですが

 

先生曰く、それは作曲ではない。

ある種の主題があって展開させるとか、曲の形式(ソナタ形式とか)があって、それに沿って展開させるとか

そういうことこそが作曲なのであると。

 

つまり、中井がやっているのは良さげなメロディの発見であり、作曲という作業はしていない。

そこに、クラシックの形式や手法を取り込んだら強いのではないか。

 

こういうお話を頂いたので

最近買った本が、写真にある『クラシック音楽の世界』

 

 

 

この本を読み進めてみれば、とても面白い。

  • 声楽でやっていたことを器楽にしようとしたら、歌詞がないことで曲がバラバラに空中分解してしまう⇒モチーフの反復
  • ルネサンス以降、歌詞の感情表現が重視されたら、ポリフォニーだと制限が多すぎるので通奏低音でメロディを自由にした
  • 一般市民に音楽が普及したら、ホモフォニックで簡単な音楽が好まれて音楽のレベルが下がったから、またポリフォニー的な要素を突っ込もうと努力した⇒主題労作

などなど、どうやってクラシック音楽が進化してきたのか

その時代に使われていた形式や考え方の基本的な部分の解説とかとか

 

とても面白い。

 

そして、中井が最近作っている音楽はホモフォニー的であり、それはメロディを主体に伴奏がくっついている、現代ポップスとかのスタイルと基本的には近いものである。

なんてことが判明して、言語化できるようになったり。

 

音型論とか、主題労作とか、フーガとか

この本のあとにもっと掘れば面白そうな話が満載。

 

 

 

とても良い買い物をした。

今ある曲はともかくとして、その先の作曲には、いろんな要素で変化を付けられるでしょう。

 

ギター独奏で、いったい何声の音楽を想定できるかわからないけど

例えばAloneでたまたまやっていた2声的な音の動きが(あれは間にコードを詰めてるし、一部以外は完全にホモフォニー化してしまっている曲だけれど)、もっと別なパターンで、モチーフを展開させたりしながら使いこなせるようになるならば、

なんでしょう、ワクワクすっぞ。

 

偶然やっていたものと

意図的にやっていること

意思の乗せ方が変わってくるはず。

 

 

 

柴崎建司先生とは、私が今年の2月からクラシックギターを習いはじめた黒岩美樹先生の、そのまたお師匠様。

クラシックギターを始めたのは、メルマガに書いた通り、表現力改造のため。

 

面白くなってきました。ご期待ください。

この記事はどうでしたか?

この記事について感想を送る

感想、気になったことがあればどうぞ。
内容は公開されず、管理者に直接届きます。

メルマガ『創作前室』への招待

まだ形になっていない思考、まとまっていない感覚、言おうか迷う本音
ここに書いていることのもう一歩手前にあるもの。
興味があれば、覗いてみてください。

創作前室に入る