攻撃的意思と攻撃的衝動の違い

人というのは、それぞれ慣性があると思っていて

つまり、選択するプロセスをすっ飛ばして、反応や反射で動いてしまうこと

 

たとえば、お腹がいっぱいなのに目の前に食べ物があると食べ続けてしまったり

人混みを見ると、彼らが何を考えているかは関係なく、全部敵に見えたり

特定の条件がそろうと、合理的な解決策に思考が辿り付かなくなり、決めつけや誤解で突き進んでしまったり

 

一昔前なら、ロックなんて不良だ

金髪なんて、タトゥーなんて、ピアスなんて

というような、偏見だったり

 

 

 

つまり、方向の決まった思考というのが人それぞれにあって

それは、価値観や経験や、いろんな事由によって変化し続けるはずなんだけど

それが変化することを、あいつは人が変わったとか、言うことがコロコロ変わるとか、受け入れる選択のない方向に思考してしまう人がいたり

 

いやね、ちゃんと考えてれば

ちゃんと状況判断すれば

意見なんて常に変化するに決まってるのに。

 

あいつはいつもこう考えるから

わかったつもりというハリボテの仲間意識を大切そうに持ってたり

人間なんてそんなものなんですが。

 

多かれ少なかれ、そう、願望なのか思い込みなのか、固定された勘違いに人間は振り回されているもので。

 

 

全員振り回されてるんですけどね。

 

 

これを、抜け出したくて。

それは、常に意識を保って、自分の意思なのか衝動のレールにのせられてるだけなのか

常に探ってないとダメで

なかなか無理なんですけどね。

 

 

そう、

怒るという感情があった時

それは、衝動からくるものだけだろうか?

自分は怒らねばならない。怒るべき理由がある。という確固たる意思のもとに感じる怒りとは、それも衝動だろうか?

 

それは、待ち得てはならない感情だろうか?

 

アベンジャーズで、ハルクが言ってた

I’m always angry.

これなんて、良いヒントかもしれない。

 

 

 

というようなことを、わりとじっくり考えてる半日でした。


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