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DAY 21 – ラッキーの正体

ダブリン市街地にすごい人がいた。

遠目からみると、なにか土色をした変わった色の犬を女性が撫でているように見える。

なるほどヨーロッパにはこういう色の犬もいるのか。
そう思って近づいてみると、ただの犬ではなく、砂で作った犬だった。

 

芸術家には敬意を払いたい。

少ないが投げ銭をして、写真を撮っていいかと聞けば快諾してくれた。

 

ダブリン市街地を歩いているとストリートミュージシャンも頻繁に見かける。

みんなレベルが高い。

 

ダブリンでストリートライブをするには許可が必要らしい。

近日中に許可を取りに行きたいと思う。
自分が持っているビザで許可がおりるかは不明だが・・・。

 

 

 

今日は英文履歴書を印刷して数件のお店に突入したが、結果は惨敗だった。

もともと自分は運のいい人間、運だけで生きてきた人間くらいに思っている。
だから今回もなんとかなるだろうと思っていたが、想像以上に語学力の壁は厚い。

 

日本にいたころは大抵のことは思った通りに進む。
悪いことなどはそうそう起こらなかった。

ところがアイルランドに来てからというもの、あらゆることがうまくいかない。
何をするにも必ず躓く。
時にはとんでもない遠回りをさせられることすらある。

 

ここにきて、今まで運と呼んでいたものの正体が、少しわかった気がする。

 

それは、『お育ちが良い』ということだ。

親がしっかり育ててくれたおかげで、日本においてはなんだかお育ちがよく、まともそうに見える。
だから、誰と話すにも邪険にされず、対人においてはあらゆることがすんなりと進んでいったのだ。

 

アイルランドに来てみれば、日本人視点のお育ちフィルターはすべて外れて、『英語の下手なアジア人』にしか見えないのだろう。

だからあらゆるところでいい加減に扱われ、いろんなことがうまくいかないのだろう。

 

こういう苦労は、これまでの人生でしたことがないのだ。

実力不足で試験に落ちるのとはまるで違う。
対人コミュニケーションにおける戦闘力のなさ。

まずは英語を話す人々と、常に会話をしなければ生きられない環境に身を置きたい。

そこで鍛えられていく。
しかし、彼らの社会に繋がる手段に今はたどり着けていない。

 

とてももどかしい。
が、ここで生き抜くことが大きな修行になることも確信した。

まずは親に感謝し、親がくれたものに頼れない素の自分を大いに進化させよう。

 

 

 

ところで、アイルランドにはセブンやファミマのようなコンビニはない。

店内にはサンドイッチをオーダーメイドできる謎に便利なコーナーがあったりするのだが、プリンターなどは設置されていない。

履歴書など、どこで印刷すればいいのか。

 

ショッピングモールに行くと、通路にパソコンとプリンターが設置されていて、カードか小銭でお金を払うと投入金額に応じて使用できる。

今日はこれを使って印刷した。

パソコンの使用だけで30分3ユーロ。
印刷はモノクロで一枚30セント。

ここに手数料のようなものが数セントのっかる。

 

こういう日本には無いものを使ってみることが、まだまだ楽しい。