DAY 7 – 初めての電車で

アイルランドに来て一週間が経つ。
いい加減気付いたのだが、『アイルランド紀行』などと銘打っているが、内容は生活のことばかり。
ちっとも紀行文になっていない。
さしずめ『アイルランド生活記』だろう。
今さら直すのも馬鹿らしいのでこのまま突き進む。
現段階の予定では、アイルランドには1年間滞在するつもりである。
日本人はアイルランドに来るとビザなしで3か月間滞在することができる。
が、1年間に引き延ばそうとすれば、それに適したビザやいわゆる在留登録などの手続きが必要になる。
なかなかハードルが高くて嫌になるのだが、あらゆる申請を行うには、なにより先に住所が必要なのだ。
現在ホームステイ中だが、このままステイ先に一年居座るわけにもいかない。
というわけで、毎日夜になるとネットで家探しをしていたわけである。
アイルランドの家探しが大変という話はDAY 5に書いたが、募集記事を読んでメールを送っているのにちっとも返事が来ない。
律儀に日本人ですと書いて送っているのが悪いのだろうか。
この国では日本のものをほとんど見かけない。
もしかして日本人毛嫌いされているのだろうか。
などと思い詰めはじめたところに、「今日家見に来ませんか?」というメールの返信が届いたのだ。
急なことではあるが、やっと訪れたチャンス。
見に行かないわけにはいかない。
目的地はステイ先からバスで市街地へ、そこからさらに電車に乗って1時間ほどかかるCoolmineという駅。
電車にはLeap Cardというプリペイドカードで乗ることができる。
これはバスと共通だ。
日本でいうSuicaのようなものである。
以前ホストマザーから説明された時は英語が難しくて聞き流したが、その後調べて購入。
このカードはありがたい。
バス料金が現金だと3ユーロほどかかる乗車区間でも、このカードを使えば2ユーロで乗ることができる。
割引率がすごい。
さて、アイルランドに来て初めて電車に乗るわけだが、
どちらのホームに行けば目的地にたどり着けるのか、土地勘がないのでまったくわからない。
『京都方面』と書かれていればわかる。
わかるのは土地勘があり、京都がどの辺にあるかを知ってるからだ。
そんなことは今まで考えたこともなかった。
異国の知らない土地で、電車の行先が書いてあってもそれが目的地を経由するのかまったくわからない。
方向すらわからないのだ。
これはこれで面白い経験になった。
困ったときは現地人に聞く。
英語の勉強にもなるし良いことづくめだ。
ホームの端っこ、ベンチに座って電車を待っている中年男性に聞いてみる。
どうやら勘で選んだこのホームで間違いないらしい。
電光掲示板を指さし、この電車に乗ればCoolmineに行けるのかと尋ねる。
行けると言う。
そのやり取りを見て他の現地人も話に入ってくる。
あれれ、日本人毛嫌いされてないじゃん良かった。
そう、みんなして言う。
この電車で行ける。乗るといい。
そうか良かったと安心して、やってきた電車に乗る。
初めて乗るアイルランドの電車、内装はまるで新幹線だ。
シートこそリクライニングではないが、二人掛けの席が通路を挟んで両側に並び、前の席には折り畳みのテーブルまでついている。
ずいぶん豪華だなと思っていた。
行けなかった。
スマホで地図を見ていると、自分の現在地をさす点が目的地の方へと進んでいく。
それが一つ目の分岐で別の路線へと外れていく。
なんてこったと立ち上がって乗降口の前まで移動、降りる準備をする。
次の駅で降りたのだが、この電車はどうやらCorkへ向かっていたらしい。
それすなわち、アイルランドという島国を横断する、非常に遠くまで行く電車に間違えて乗ったということ。
さて、順当にいけば反対方向の電車に乗って元の駅に戻りたいところだが、ここでまた
土地勘がないためにどこ行きの電車に乗っていいのかわからない問題にぶつかるわけである。
日本のように駅員さんがいるかと思えば、居ない。
探し回った末にいったん改札を出るしかないと判断したが、これがまずかった。
改札の機械にLeap Cardをタッチすると、いかにも警告音らしい音が鳴る。
おそらくチャージ残高が足りないのだろうと周りを見回すが、チャージする機械はない。
改札の外には機械があるのが遠目に見えている。
とりあえず変な音はしたが、誰もとんでくる様子もないのでそのまま改札を出る。
振り向くと改札の外には窓口があり、駅員さんらしき人がいたので事情を説明して助けを求める。
別段問題なかったようで、帰りの電車のホームナンバーを教わった。
先にLeap Cardをトップアップしたい。
トップアップとはチャージのことで、改札外の機械ではそれができそうだったので操作してみる。
すると、警告表示が出た。
このカードは停止されているのでトップアップできません。というような内容だ。
再び駅員さんに聞くが、わからないらしい。
仕方なく戻りの電車のチケットを購入して、元いた駅まで戻ったのだが、時刻は夕方6時を回っていた。
アイルランドは日が長く、20時くらいまで明るいのだが
海外に来て夜の一人歩きは恐い。
家の内見は電車を乗り間違えたからとメールで断って帰宅した。
Leap Cardについては、戻りの駅に着いた際にも駅員さんに聞いてみたが、わからないらしい。
販売会社にメールすることを勧められた。
まったくひどい目に遭った。
ステイ先に戻るとどっと疲れを感じた。
異国の地に来て電車にすらまともに乗れない自分の無力さに落ち込み、ギターが手元に返ってこないことも相まって、精神的にかなり堪えた。
思えばアイルランドに来てから運が悪い。
日本にいたころは自分のことを、運だけは間違いなく良いと思っていたのだが。
唯一の救いは、内見予定だった家の主が良い人で、明日また来てもいいと言ってくれたことである。
チャンスはまだ潰えていない。
翌朝また連絡することとなった。